 |
I |
 |
研究の全体像 |
中長期的には、経済学の持つ視点や知恵が具体的に防災政策に貢献できるように、いわば「防災経済学」の確立を目指すことを目標とする。そのためのアプローチの方向性としては次の3点が考えられる。またこの3つのアプローチの関係は図1の通りである。
A)災害と経済システム
災害によって経済システムはどのように反応し、どのように調整が働くのか、そのメカニズムを明らかにすることにより、例えば速やかな経済復興の処方箋を提示し、途上国の防災投資を促進するような経済政策を立案することに貢献できる。
B)個々人の経済合理的行動を前提とした防災政策の立案
啓発・啓蒙あるいは公的強制力のみに頼った政策は執行コストがかかり、社会的合意が得にくいなどの理由で実効性が乏しい。これらの問題を解決するためには人々の利己的行動が災害の軽減化という社会的目標に繋がるような制度を設計することが必要である。
C)政策評価システムの構築
政策評価は経済学や公共政策論などでも重要なトピックの一つである。これらの議論を防災関連の施策に応用し、減災投資や復興政策などに関わる意思決定を合理的に行うための理論や理念を体系化する。
II |
 |
各論 |
1.「住宅の耐震化と再建支援に関する研究」(B)
【視点・問題意識】
既存不適格木造家屋などの耐震補強は防災上の焦眉の課題の一つである。家屋の倒壊はそこに住む人の生命を脅かすだけではなく、隣家の倒壊を招き、道路を塞ぐなどの社会的影響も少なくないため、家屋所有者の意識に任せるだけでは十分でない。一方でいざ災害が発生した場合に、住宅を失った人々に対する補償制度の構築も急がれるが、これは事前の耐震化を阻害するという指摘もある。どのような制度の構築によってこうした問題が解決されるのだろうか。
【研究内容】
現在自治体で採用されている耐震化補助や利子補給制度などの仕組みなどを理論的に位置づけたうえで、これらの政策的効果を論じる。
【平成15年度の研究計画】
(1) |
冒頭で述べた問題意識の位置づけを明確にし、より先鋭化させるために全国で同様の制度を行っている自治体へのヒアリングを行い、現場レベルでの具体的課題を洗い出す。具体的には静岡県、兵庫県、石川県がある。 |
(2) |
防災政策全体からみた位置づけを理論的に整理する。特に住宅再建支援基金など事後補償制度や地震保険制度との関係、災害時に発生する民法上の過失責任の配分との関係など。 |
(3) |
論文として発表し、関係者からの批判を仰ぎ改善を目指す。 |
【期待される成果とその意義】
事前対策と事後補償が両立可能な制度の構築と提案を行う。
2.「災害と経済危機に関する研究」(A,C)(林敏彦大大特研究テーマ)
【視点・問題意識】
災害は経済危機を起こす直接的な原因となることは考えにくくとも、例えば関東大震災後の震災割引手形の処理などが昭和金融恐慌の発端となったことを考えると、災害時の経済状況やその後の対応如何によっては経済における二次的な影響として信用不安や経済危機が発生するということは十分に考え得る。しかし、一方で阪神・淡路大震災ではこうした「経済危機」と呼べるような状況は発生しなかった(とされている)。この違いはどのような社会的条件や政策に起因するのだろうか。また、例えば中小企業への公的融資が危機を回避するために役だったとするならば、そうした政策には地域経済への副作用はなかっただろうか。
【研究内容】
こうしたことを中期的な問題意識として持ちつつ、今年度は震災直後に産業に代替機能がどのように働いたかについて焦点をあてる。阪神大震災の産業被害は甚大とはいうものの、震災翌年の兵庫県GDPは大きく改善している。これは生産活動の様々な場面に代替性が働いたために、経済活動の停滞が最小限に食い止められたというのが一つの要因として考えられる。(例えば、機械設備の破損を人海戦術で補ったとすれば、生産要素において資本から労働への代替が働いたということができるし、ある地域の産業が壊滅的な打撃を受けても、それを生産要素として利用する他の産業は他地域の産業の生産物を利用するという場合、地域代替が働いたといえる)。また、こうした産業の代替性を阻害する要因(公的規制など)は存在しなかったか。金融市場などにも問題はなかったかどうか。こうしたことを統計だけでなく、現場の生の声を聞くことにより明らかにしてゆきたい。
【平成15年度の研究計画】
関東大震災のケーススタディーを平成14年度から引き続き行い、阪神・淡路大震災の事例研究を同時に並行して行う。特に地域経済があの災害時にどのように反応したかを産業レベルで具体的事例をふまえて明らかにする。
そのために、民間セクターや金融関係者、経済問題担当の弁護士などへのヒアリングを重点的に行う。年度末にはこれらの証言と整合的な理論的説明を与えることを目標としたい。
【期待される効果とその意義】
(1) |
阪神・淡路大震災に起因する金融・経済の問題が包括的・体系的に整理される。 |
(2) |
生産活動の代替性が実証的に確認されれば、こうした代替が危機時に円滑に行われるような条件整備が産業被害を食い止めるための処方箋として提示できるかもしれない。 |
3. |
「一般均衡モデルを用いたライフライン防災投資の費用便益分析」(C)(関西電力エネルギー財団助成研究) |
【視点・問題意識】
災害によるライフラインへの被害は自らの産業の損失だけでなく、他のほとんどの産業のインプットの減少として被害を波及させることになる。従って、ライフラインの防災投資の費用便益分析はこうした産業間の連関を明らかにしなければならないため、それほど簡単な作業ではなく、従来十分に分析が行われてこなかった作業でもある。応用一般均衡分析は、このように経済全体の波及効果を考慮するうえで有効な方法であると言われている。
【研究内容】
しかしながら、応用一般均衡分析では技術的制約から、ほとんどの場合産業の生産技術を固定的に扱うことが多いため、研究(2)の問題意識に沿って考えると、災害時の経済現象を正しくモデル化出来ているかどうかは大いに疑問が残るところである。{研究では関西電力の供給範囲を焦点にあて、関西の地域経済モデルを構築する。そこに阪神・淡路大震災を再度発生させ、経済にどのような波及効果が生じるかを分析し、現実と比較することによってこの分析に与えられる理論的制約が現実に妥当かどうかを検証する。
【平成15年度の研究計画】
(1) 過去の研究サーベイを行う。
(2) 過去に提案されたモデルで構わないので、具体的にモデルを組んで数字を出す。
(3) 研究(3)の成果と照合して、モデル分析の有用性を検討する。
【期待される効果とその意義】
(1) |
研究(2)の分析を計量的に補強することが期待される。 |
(2) |
そのうえで必要な修正を施せば、中長期的にはいくつかの想定地震に対する間接被害の推定が可能になり、防災投資の費用便益分析が可能になる。 |
4.南アジア地域において自然災害が経済発展に及ぼす影響の定量的把握(A)(科研費)
【視点・問題意識】
災害が経済成長を阻害するという見方は、これまでの実証研究から少なくともマクロ的には長期的・短期的ともに否定的な結果が得られている。一国経済全体で観察すれば、被災地における負の効果は国内他地域における正の効果で相殺されることがその原因の一つであるとも考えられる。そうすると、災害が経済発展に及ぼす影響は、ミクロ的な考察抜きには語れないことになる。
本研究の目的は、途上国の農村地域などを対象として、その地域経済の中に組み込まれているリスク・シェアリングの仕組みを明らかにする。
【研究内容】
主に南アジアを中心とした既存研究が示唆するところによれば、いわゆる自給自足農業を営んでいるような低開発村落においてもリスク回避のための制度的仕組みが存在するという。例えば生産物の共同消費などは、市場経済の未発達性によるものと従来されていたが、近年ではこれらは共同体内の消費変動リスクを回避するための仕組みであると理解されるようになった。しかし、これらは共同体内部に偏在するリスクを回避するための仕組みであり、自然災害のように共同体全体がリスクにさらされる場合には機能しない。そこである程度教育水準のある家計は、家族を他地域に出稼ぎさせることによってこのリスクに対処しようとしているという仮説がある。
2001年グジャラート地震の被災地であるカッチ地域は、典型的な「送金都市」と呼ばれるぐらい出稼ぎの多い地域であった。もし前述の仮説が正しいのならば、グジャラート地震の被災地の経済的影響は、出稼ぎ収入によって軽微にとどまったと言えるのではなかろうか。しかし、一方で出稼ぎに頼ったリスク・シェアリングは、その地域の経済発展を阻害させる側面もあるだろう。これらを可能な限り数量的に把握することを目的とする。
【平成15年度の研究計画】
もう少し既存研究をあたって情報収集を行い、問題意識を研ぎ澄ます。研究手法やアプローチを10月頃までに固め、日本で入手可能なデータを使って簡単な分析を試みつつ、年度末に一度現地を訪問したいと考えている。
【期待される効果とその意義】
途上国におけるリスクシェアーのインフォーマルな制度やしくみを理解することによって、具体的なプロジェクトへのヒントが与えられるものと期待される。また、調査を通じて具体的に災害がどのようにして被災地域の経済に影響を及ぼすのかの一端を知ることができる。
5. |
防災政策のガバナンスに関する研究(B、C)(阪神・淡路大震災記念協会「都市のガバナンスII」プロジェクト) |
【視点・問題意識】
近年において、政策立案・執行・評価など、いかなる政策過程においてもNGOやNPO、民間企業、市民などの非政府主体の役割が増大している。こうした多様な主体によって政策が構成されていく過程を「ガバナンス」という概念で捉えようというのが今日の公共政策論における一つのトレンドである。本研究は、防災政策におけるガバナンスの現状と、そのあるべき姿について論じようとするものである。
【研究内容】
防災政策は、将来いつ発生するか不確実な自然現象をトリガーとするものであり、このリスクを分析し、政策が形成される過程において、科学者の発言は決定的に重要な役割を担っている。この意味では、防災政策は原子力開発やバイオテクノロジーなどの科学技術政策と同様の性格を持っている。ところが、防災は科学技術によって新しく発生したリスクではなく昔から存在するものであるから、そのリスクを受容するかどうかについては議論の余地がない。このことによって、防災政策は「災害リスクを出来る限り軽減する」というその政策の方向性そのものが疑問視されることは無かった。科学者は地震予知や破壊メカニズムの解明に没頭し、世間にリスクを訴え、技術者がそれを実用化することで防災政策は進展することができた。 しかしながら、社会が成熟化する中でハードによる防災の限界が認識されはじめると、防災政策とは人々のライフスタイルの変更を求めるものとなってくる。このような政策段階において次のような点が問われなければならないだろう。
(1) |
防災科学者の社会的役割とは何か:防災の重要性をひたすら啓蒙し続けることが防災研究者の役割なのか |
(2) |
防災政策の過程に市民や企業などはどのように関わって行くべきか:例えば防災に関する研究開発などを、市民はどのようにしてコントロールできるのか、そもそもコントロールするべきではないのか。 |
(3) |
科学的データを用いた政策的判断とはどのようなものであるべきか:長期確率5%という数字をどう解釈し、どう防災政策に反映させるべきか。その際に素人の判断はどう扱われるべきか。 |
【平成15年度の計画】
阪神・淡路大震災記念協会のプロジェクト「都市のガバナンスII」(林敏彦座長)の成果報告書の一章として論文を執筆する予定。内容はリスク・ガバナンスに関する研究成果のサーベイと、それを元に防災政策の文脈でどのような論点があるのかを整理するもの。
【期待される効果とその意義】
このような大きなテーマに答えが簡単に与えられるはずもないし、一人の研究者によってできるものでもない。また成果物はそれによって何か具体的な貢献が期待出来るものでもない。しかしながら、防災政策に関わる根本的な問題であろうし、今後の議論を発展させていく上での試論を提示するという意味はあると考えている。

|